小門の汐干 下 (おどのしおひ)

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概要・解説文

『小門の汐干(おどのしおひ)』下 解説


 『小門の汐干』(1859年)は薩摩の八田知己(はった・とものり1799-1873)が同時代の歌人の歌をまとめた和歌集です。知紀は幕末~明治にかけて和歌文学の第一人者で、和歌を通して宜湾朝保(ぎわん・ちょうほ(1823-1876) )ら琉球の歌人と深い親交を続けた人物で、この歌集にも琉球の歌人の和歌や、琉球の歌人に贈った和歌が多く掲載されています。この下巻の末尾には歌人の名前の一覧表がありますが、そこに「琉球国」として豊見城按司朝尊(とみぐすく・あじ・ちょうそん)ら四名の歌人の名前が掲載されています。
 琉球歌人の歌としては例えば、「庭落葉(にわの・おちば) 琉球 政順(せいじゅん)」として、
「今はまだ 木々の落ち葉をさそふとて 庭にぞ 風の音は聞こゆる」
(大意:今はまだ冬の初め。庭の木々の落ち葉を連れ去ってゆく風の音が聞こえる。やがて冬も深くなると、庭に敷き詰められた落ち葉もすっかり風に連れ去られて寂しい風景が広がることだろう。)
とあります。政順は渡久山政順(とくやま・せいじゅん)のことです。

 

 琉球と薩摩の和歌を通した交流は必ずしも文芸の遊びに終始したわけではなく、政治的な色彩もあったようにみえます。つまり、おそらく薩摩の人々は、琉球王国がなるべく自然なかたちで日本国の一部となることを期待していたし、一方、琉球の人々は時代の流れで琉球王国が日本の一部になるのであれば、その政治的中心となる薩摩藩の人々と親交を深めたいという政治的な意図があったと考えられるからです。

 

 明治以降、伝統的な和歌文学に変わって、その後継ともいうべき短歌文学が盛んになります。そのため『小門の汐干』などはあまり読まれなくなりますが、日本最大の古典である『古今和歌集』の流れを受け継ぐこの歌集は、すぐれた文学であるとともに、和歌文学史の一つの末尾を飾る歌集であるといえるでしょう。

 

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『宜湾朝保 沖縄近世和歌集成』(池宮正治 解説 1982年)
『近世沖縄の肖像』(池宮正治 著  沖縄文庫1986年 )ほか

 

(調査ノート)
・上下二冊。上巻に春・夏・秋の歌が、下巻に冬・恋・雑の歌が掲載されている。古今集以来の部立(ぶだて)が継承され、簡略化されている。
・八田知紀は当時の和歌の第一人者で、薩摩藩ということもあり、明治維新後の新政府でも和歌所の長官(宮内省 歌道御用掛)となる。
・琉球の文人たちと関わりも深く、朝保が琉球の歌人らの歌を集めてまとめた『沖縄集』(1870年)にも序文を寄せている。
・個人歌集として『しのぶ草』が知られる。

 

(鶴田大)

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