八重山島諸締帳 [写本] (やえやまじましょしまりちょう)

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概要・解説文

『翁長親方(おなが・うぇーかた) 八重山島諸締帳(やえやまじま・しょしまりちょう)』(写本) 解説文

 

 現在も宮古・八重山は、それぞれ沖縄本島とは異なる独特の社会・文化を持っていますが、1400年代~1500年代に琉球王国の一部となっていく以前は、当然ながら、現在よりもはるかに自立的な文化圏でした。

 

 首里王府は多様な習俗を持つこうした離島へしばしば役人を派遣して、行政視察を行いその土地ならではの法律・条例を定めていきました。この本(の原本)もそうした行政文書の一つです。首里王府の慢性的な財政難から、倹約や役人の能率的な配置・職務規程などを定めています。
 この写本(の原本)は1842年に八重山視察を行った石原親雲上(ぺーちん)が作成した諸締帳の改訂版です。1857年(咸豊(かんぽう)七年)に翁長親方(おなが・うぇーかた)朝典(ちょうてん)が首里王府から派遣されて行った視察の際に改訂されました。(末尾部分のページを欠いているため年記が見当たりませんが、表紙に原本の作成年記の書き入れがあり、諸資料や内容などからも原本の作成年代が判明しています。)
 翁長親方ののち、さらに1874年(明治7)に富川親方(とみかわ・うぇーかた)によって改訂されています。首里王府から土地の役人への通達文書という形式をとっていて、対象範囲は遠く与那国島まで及んでいます。  
 税として納められていた与那国島の織物や、八重山上布(じょうふ)の品質管理についてなど、八重山諸島ならではの記述も見られます。

 

 こうした規則は、財政難に苦しんでいた首里王府が税収増加を狙って定めたものです。伝統社会の自立性を衰退させる一因ともなりましたが、一面では、立場の強い地元役人の勝手なふるまいや横暴から一般民衆を守るという面もありました。民衆の安定した労働・生産が税収の確保につながるという利害の一致があったからです。
 首里王府はこうした諸締帳などにおいて地域性を配慮しているようですが、全体的には税(米や織物)の取り立てはかなり厳しいものだったといわれます。米増収を目指して、周辺離島住民を石垣・西表の両島へ強制移住させ、新集落を作るなどの強硬策も行っています。こうした新集落は明治頃までにはマラリヤ(感染症の一種)などでほとんど廃村となっています。
 皮肉なことに、こうした強制移住によって離ればなれになった人々の哀感は見事な民謡に昇華され、また高度な品質を要求された織物は今でも八重山上布(じょうふ)、与那国花織(はなうい)などの伝統工芸に姿を留めています。

 

 諸締帳と同様に作成された行政文書には、統治の中心的な役割を担う規模帳(きもちょう≒役人・民衆どちらにも向けられた法律・条例集→資料ID1001911393)や、公事帳(くじ・ちょう=役人の職務規程)、農務帳(=農業に関する細かい規則を定めたもの)などがあります。

 

 この『翁長親方 八重山諸締帳』は原本を筆写した写本(しゃほん)ですが年記が無いため書写年代は不明です。改訂版である『富川親方(とみかわ・うぇーかた)八重山諸締帳』などと比較することで八重山の社会・文化の歴史的な変化がみえてくるという意味でも貴重な資料です。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1983年刊)※項目「八重山島諸締帳」など。
『石垣市史叢書1 慶来慶田城由来記・富川親方八重山島諸締帳』(石垣市 市史編集室・編 )
ほか

(鶴田大)

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