沖縄志 巻3 (おきなわし)

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概要・解説文

伊地知 貞馨 著 1877年刊「沖縄志 巻3」解説

 本書は近代(明治以降)において初めて本格的に、沖縄の歴史・地理を紹介した本として名高いものです。その後に数多く出版される様々な琉球・沖縄に関する本の元となりました。「志」は、当時は「誌」や「史」とほぼ同じ意味で、歴史書・地誌書という意味で使われています。

 著者は鹿児島県出身の伊地知貞馨(いぢち・さだか 1826-1887)です。1877(明治10)年に書かれました。伊地知はこの本を書く前年まで沖縄・琉球の行政に直接関わっていたので、当時の沖縄の社会・文化については特に詳しく書かれ、貴重な同時代の証言となっています。当時の詳しい地図の掲載もこの本の大きな特色として知られています。詳しい地図は本来、軍事機密でもあり、沖縄行政の中心にいた伊地知だからこそ入手・掲載できたのでしょう。

 その頃の琉球・沖縄はちょうど「琉球処分(りゅうきゅう しょぶん)」の最中で激動の時代にありました。琉球処分(1872~1879)とは何百年も続いた琉球王国が沖縄県として明治日本の一部に組み込まれる一連の動きのことです。この本が書かれた頃の琉球・沖縄は、琉球藩として王家は存続しているものの、明治日本の一部でもある、という微妙な時期でした。

 しかし一方で、この本の内容をそのまま事実として受け取ることについては注意が必要です。ほとんど全ての歴史書が何かの明確な意図を持って書かれます。この本も琉球・沖縄を明治日本の一部として歴史的に位置づけようという意図があちこちにみられます。琉球・沖縄の創世神話や古代の歴史伝説については、「荒唐無稽(こうとうむけい)で信じられないので、省略して簡単にまとめた」とわざわざ注釈を入れていますが、これは琉球・沖縄の歴史のはじまりを大和文化圏(≒明治以前の「日本」)の創世神話である『古事記』や『日本書紀』につなげるための伏線(ふくせん)でしょう。事実、その後、琉球・沖縄の歴史はそのようにされてしまいます。また1609年の薩摩藩(≒鹿児島県)による「琉球侵攻」についても歴史的に自然の流れで、正しいことだったかのように書かれてあります。
 このようにこの本は、近代最初の本格的な琉球・沖縄の歴史・地理書であるということと、明治日本に都合のよいように琉球・沖縄の歴史がねじまげられていく様子を知る本であるという二つの意味で特に重要です。

 ところで上記のような大きな歴史状況とは別に、著者の伊地知がこの本を書いた個人的な理由も興味深いものがあります。伊地知は前年まで琉球・沖縄の行政を担い非常に大がかりな仕事をしました。また、元々、明治政府の中心である薩摩藩の出身でもあったわけですから、明治政府の中でもっと重要な地位にあってもいい人物でした。しかしこの本を書いてから10年後に亡くなるまで、結局、伊地知はあまり政治家として評価されませんでした。この本は、当時、不遇(ふぐう)を感じていた伊地知が、自分が政治家として大きく関わった琉球・沖縄についての歴史・地理書をまとめることで、自分の仕事の意義を周囲や自分自身に再確認させるための自画像とみることもできます。

 この第三巻から第五巻は「事蹟(じせき)志」のそれぞれ上・中・下として琉球・沖縄の歴史を記しています。第三巻の「事蹟志 上」では琉球・沖縄創世神話から歴史上、確認されている第一尚氏(だいいち しょうし)王統の最後の尚徳王(しょう・とく・おう)のことまでが書かれています。上述の通り、創世神話については「内容的に信頼できない」という否定的な注釈がところどころに入っていて、琉球・沖縄が明治以前の「日本」と異なる創世神話を持つことを否定しようとする意思があらわれています。

(鶴田 大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1983年) 「沖縄志」「伊地知貞馨」ほか各項目。
『沖縄志』(復刻版 伊地知貞馨 著 原口虎雄 監修 図書出版 青潮社  1982年)

(調査ノート)
・伊地知貞馨の『沖縄志』は広く読まれた。翌年(1878)にはダイジェスト版である『沖縄志略』が刊行され、こちらも広く読まれた。
・一般に多くの歴史地理書は簡単に地理の概要を述べたのちに通史を記述し、社会・風俗などについて記述するのが通例だが、本書においては冒頭からかなりのページを使って詳細な地図を数多く掲載している。そのあとに社会の仕組みや風俗などを述べ通史は最後に述べている。
また通史については冒頭の「例言(凡例)」で「琉球王国の歴史書を読むと、古い時代については荒唐無稽で、信ずるに足りない。だから本書では「舜天王(しゅんてん・おう)」以前については簡潔に記すに留める。」という内容が記されている。巻三の「史伝部」にも古い神話時代の記述について一々、「信ずるに足りない」という注釈を付けている。こうした点からも本書の主眼が琉球沖縄についての領土(地理)的な関心にあり、また『古事記』『日本書紀』などの大和文化圏の神話に琉球・沖縄の古代を接続させようとする意図が見え隠れする。古代の舜天王以降は詳しく記す、というのも舜天王が源為朝の子であるという伝説(為朝伝説)を重視した上で、この伝説を使って、大和朝廷の支流が琉球王国であるという雰囲気を漂わせようとする意図がうかがわれる。
・この本には旧蔵者の東恩納寛惇の朱筆の書き入れが数カ所あり、興味深い。
二ヶ所については琉球王国が中国・日本(薩摩藩)の支配力を受けたことに関する記述を確認する付箋。
一ヶ所は巻5の後半にある朱筆の書き入れ。内容は「この本の特に人物紹介の部分は、伊地知本人の調査ではなく、津波古親方から聞いた内容を書いたものだ。そのことは琉球国王であった尚家の日記をみればわかる」として、日記からの抜き書きをしている。津波古親方(東国興)は琉球最後の王、尚泰の側近(国相)。この本が書かれた舞台裏が少し見えてくる。また東恩納寛惇が尚王家と近い関係にあったことから一定の信頼性が感じられる。
→ 東恩納寛惇による朱筆の書き入れ(巻五 「世系部」部分末尾)
「人物部 所輯ノ人物及其伝記 実ハ津波古親方ノ草案ニ干ル也。侯爵家蔵 明
治七年日記 第十六号二曰ク、
  本文 伊地知貞馨殿ヨリ御依頼有之 久志里之子親雲上ニテ差出サセ候也、
  本文 伊地知貞馨殿ヨリ津波古親方へ内分 御頼ニテ不及帳留筈候所
  為見合載セ量ル事(本文漢文 伊地知文ト大差ナシ 略之)
  此外ニモ名人可有之候得共 可糺載籍無之 大略 存候分 如斯御座候
   明治八年二月四日                 東恩納寛惇 誌」
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