中山世譜 (ちゅうざんせいふ)

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概要・解説文

『中山世譜(ちゅうざん・せいふ)』「源直温(みなもと・なおあつ)・改編本」天保3年(1832) 木版本 全1冊 解説

 『中山世譜』は琉球王国の正史(=公式の歴史書)です。琉球王国では最初の正史として『中山世鑑(ちゅうざん・せいかん)』(1650年)を作成しました。しかし改訂すべき記述も多く、漢字仮名交じり文で書かれていたこともあり、あらためて内容を改訂し、漢文で書き直したのが『中山世譜』です。この『中山世譜』が琉球王国の事実上の正史で、琉球王国の末期に至るまで記事が書き継がれました。そして『中山世譜』の刊行本や筆写本が、当時の「日本」にも多く伝わり、それらを参考にした琉球に関する多くの本が書かれ、刊行されました。
 この本はその中の一つですが、『中山世譜』を参考に著作したのではなく、『中山世譜』そのものを改編したというユニークな本です。

 編者の源直温は、琉球国王の祖先が源為朝(みなもとのためとも 1139~1177 )であるとする「為朝伝説」に強い関心を持ち、この本を刊行したと「あとがき」に記しています。直温がこの本を刊行したのは、前述の時代背景に加え、琉球王国の祖となったという伝説を持つ為朝が自分と同じ源氏であることから関心を深めていたためと考えられます。さらにこの本を刊行した天保3年には琉球人使節が江戸を訪れています。この琉球人使節の江戸訪問で琉球に関する関心が世間で高まる中でこの本を刊行したものと考えられます。
 琉球人使節というのは、琉球国王や徳川将軍の代替わりの際に江戸を訪問した外交使節のことで、江戸時代を通して20回ほど行われました。

 内容的には、為朝を含む国王の系図とそれぞれの王の略歴のみを掲載しています。各王代の出来事などは大幅に削除して、結果的に琉球国王の祖が為朝であるということとその流れを強調する内容となっています。

 「為朝伝説」とは、保元(ほうげん)の乱に破れた為朝が伊豆大島へ流刑となり、その地で亡くなったという史実を元にした話で、為朝は伊豆で亡くならずにその後、琉球へ渡り、琉球王国の祖となった、という伝説です。弓の名手で人徳があったとされる「悲劇の英雄」の復活を夢見た人々により伝えられた古くからの伝説です。
 「為朝伝説」は「義経伝説(よしつね・でんせつ)と共に古くから知られていました。「義経伝説」とは、源平合戦で活躍し鎌倉幕府成立に大きな役割を果たした源義経が、兄の将軍・源頼朝(よりとも)と不和になり、東北へ逃れたが追討軍により討死した、という史実を元にした話で、その後、義経は北海道から大陸へ渡ってジンギスカンとなり大モンゴル帝国を作った、という伝説です。
 「為朝伝説」はその後、江戸時代に曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)が『椿説弓張月(ちんせつ・ゆみはりづき)』(1811年刊)という「為朝伝説」を物語に仕立てた大ロング・セラーを書くと、当時の東アジア情勢への関心とも合わさって、為朝と琉球は、人々の大きな関心事となります。直温が『中山世譜』改編版を出版した背景にはこうした時代性もありました。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1981年刊) ※項目「中山世鑑」「中山世譜」「為朝伝説」など参照。
『琉球史料叢書』(横山重 編 東京美術 1972年刊)
ほか

(鶴田大)
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