南山俗語考 巻2 (なんざんぞくごこう)

ヘルプ閉じる

貴重資料ビューワーの操作

操作ボタンの説明

資料のタイプに応じて、表示するボタンの種類が変わります。


ページ切替

資料のページを切り替えます。

先頭のページ/最後のページ、前のページ/次のページ、ページ番号指定
などの基本的なページ切替操作をします。

ページ数表示

ページ切替操作の際に、ビューワー画面の右下に、現在のページ数/総ページ数が表示されます。
一定時間が過ぎると自動的に非表示になります。

ズームボタン 資料画像のズームボタンです。最小サイズ/最大サイズの切替をします。
中央に表示 資料画像をビューワーの中央に再配置します。
スクリーンサイズ切替 資料表示部のサイズを切り替えます。最大サイズの場合、右側の書誌情報エリアが非表示になります。
スケールスライダー マウスドラッグ操作で、資料画像のサイズを無段階調整します。
ページ選択 多数のページを持つ資料に表示されます。一定数ごとにページを切り替えることが出来ます。
翻刻資料を表示 くずし字で書かれた原文を楷書体に置き換えた「翻刻資料」のページを表示します。


マウスの操作について
クリック
  • 資料の前後ページ切替(右クリックは使用しません)
ダブルクリック
  • 単ページ/見開きの表示切替
  • 資料画像サイズの拡大/縮小・段階切替
ドラッグ
  • 資料画像の表示位置移動
  • ダイアログウィンドウの表示位置移動(ダイアログ:このウィンドウなど)
マウスホイール
  • 資料画像サイズの拡大/縮小・段階切替


解説文、その他の詳細情報

解説文などのタブについて
タブの説明
資料によって、解説文の他に詳細な説明を掲載している場合が有ります。表示されるタブの種類は資料ごとに変わります。
資料解説・概要文 貴重資料に関する主な説明・概要文が表示されます。※資料解説の末尾に記載されている氏名は、資料解説の執筆者名です。
詳細解説文 さらに詳しい詳細な説明文、資料に関する情報などが表示されます。
参考文献・調査ノート 資料の解説文作成の際に参考とした資料や、その他の情報が表示されます。


推奨動作環境

  • Internet Explorer 7以上
  • Firefox 3以上
  • Safari 4以上
次のページ
前のページ
0 /
画像を読み込んでいます…

  • 概要・解説文
  • 参考文献・調査ノート

概要・解説文

『南山俗語考(なんざん・ぞくご・こう)』全五巻(巻二(まきのに)) 解説


 南山とは薩摩藩主・島津重豪(しげひで 1745-1833) の雅号(ペンネーム)です。
重豪自身が中心となってまとめられたこの本は、同時代の清朝(しんちょう)中国で、日常的に使われる言葉とその言い回しを分野ごとに収集した中国語辞典です。発音やアクセントまで詳細に記しています。

 

 重豪は西洋やアジアに広く眼を向けていた人物として、また幕末の歴史に大きな影響力を持った島津斉彬(なりあきら)の祖父としても知られる人物です。

 

 重豪(しげひで)が同時代の中国語の辞典をまとめたのは、中国の漂着船の取り調べ等、実用的な意味もありましたが、世界情勢の動向を見据える視点もあったようです。当時の日本において一般に学習されていたのが、1000年以上も前に書かれた儒教の古典である四書五経(ししょ・ごきょう)や唐代の古典的な漢詩だったからです。これからやってくる国際化の時代に必要なのは、すでに古語となっていた古典に見られる中国語ではなく、同時代の日常語だと考えていたのでしょう。

 

 本の内容は天部(てんのぶ=天体や気象に関する言葉を集めた部門)、「人部」、「産業部」、「食物部」など多岐(たき)にわたり、全五巻となっています。重豪自身のあとがき(巻五の末尾)によると必要を感じてこの本を作ったのは「明和丁亥(めいわ・ひのと・い)」年(1767)年とありますが、実際に刊行したのは序文に記される通り「文化九年」(1812)であり、実に40年以上を費やして完成したことになります。

 

 この本の旧蔵者である歴史家・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん)が「南山俗語考」という小論で語っているように、幕府の漢学者である室鳩巣(むろ・きゅうそう)が『六諭衍義(りくゆえんぎ)』(明代の初代皇帝の6つの教えを日常の出来事に例えて、民衆にわかりやすく説明した中国の本。琉球の程順則=てい・じゅんそくが中国で刊行し、日本へ伝えた本)の翻訳を命じられたとき、「これは俗語(日常語)で書かれているから出来ない」と断ったのは有名な話です。
 結局、俗語に詳しい荻生徂徠(おぎゅう・そらい)が注釈を付けたものを室鳩巣がわかりやすい日本語に翻訳し『六諭衍義大意(りくゆえんぎ・たいい)』が完成したというわけです。『六諭衍義大意』はその後、明治時代に至るまで、寺子屋(てらこや=学習塾)などの教科書として広く読まれたことで知られるものです。
 『南山俗語考』が出版されたのはこの時(享保六年=1721)よりずっと後になりますから、徂徠はこうした俗語を独自に学習していたということでしょう。逆に室鳩巣は中国古典の学習に専念していたということになります。

 

 江戸時代の漢文学習は一般的には論語など1000年以上前の古典であったり、日本独自に発達した手紙などに使用する、本来の中国語とは異なる漢文でした。その意味で重豪の『南山俗語考』は独自の価値を持ち、明治時代に至るまで出版されることとなりました。

 

 『南山俗語考』巻二(まきのに)には客や友人と接する際に使用される単語や言い回しなど、日常生活の社交に関することが収められています。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『東恩納寛惇全集 8』(第一書房 1980年) ※「南山俗語考」、「六諭衍義伝」の項。
鹿児島県立図書館HP  ほか

(鶴田大)

しばらくお待ちください