花草類真写図 (かそうるいしんしゃず)

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概要・解説文

『花草類真写図(かそうるい・しんしゃず)』解説


 この植物図鑑は、明治23年(1890年)に、その頃、沖縄県でみられた自生・外来など様々な植物を筆写したものです。「ゴーヤ」「フクギ」などおなじみの植物から「米国トーモロコシ」「サフラン」など全部で81図あります。
 なぜか一図だけ鯉(こい)の絵が混じっています。紙が傷んで判読困難な書込があり、宿舎の鯉を描いたということやスケッチした日付が読み取れますが、やはりここに掲載されている意味がはっきりとしません。 
  
 末尾の文章からは、この図鑑(=図譜・ずふ)を作った詳しい理由がわかります。それによると、「内国(ないこく)博覧会」(第三回・1890年) に出品する沖縄の植物の資料として、県農事試験場で作成されたとのことです。「内国博覧会」は当時、産業振興のために、また日本各地の状況を知るために、国家政策として盛んに行われていたものです。

 

 当時は実用的な資料だったわけですが、現在は歴史資料として、当時の沖縄に実際にあった植物を知る貴重な資料となっています。
 この図鑑には「名不詳」(な・ふしょう=名称不明)と記された植物も多く、このまま、博覧会資料として使用されたのか、それともこの後、詳細な追加調査が行われ、図鑑の完成版が実際の植物と共に博覧会に出品されたのかは不明です。ともあれ末尾の文章には「博覧会出陳(しゅっちん)用」とあるので何らかのかたちで展示されたことは確かでしょう。

 実際に絵を描いたのは県農事試験場の非常勤職員であった木脇啓四郎(きわき・けいしろう) で、これを命じたのは県商工課長の石沢兵吾(いしざわ・ひょうご)です。このコンビは『琉球漆器考』という琉球漆器研究の古典を刊行したことでも知られます。王府時代の漆器関係の資料を詳細に当たり、文章・図画(ずが)資料をまとめたもので、それらの原本が失われた現在では王府時代の漆器の唯一無二の資料とされています。

 草花は古くから、観賞用の絵画として描かれ、また食用・薬用植物や鑑賞用植物として図鑑に書写されてきました。今でも最も専門的な植物図鑑は写真ではなく、人の手で筆写されたイラストです。光線などの制約のある写真よりも絵のほうが記録性において優れているというわけで、絵が実用の道具として生きている貴重な分野です。また古い図鑑は美術品としても評価されています。

 

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(調査ノート)
・木脇自身の末尾の識語によると、石沢から木脇に図譜作成の依頼があったのは明治二十年。その後、農事試験場の仕事の合間に7月1日から写生をはじめ、明治23年4月中に終わり、提出した、とある。また署名の後に「七拾四歳」とあり、当時、木脇が74歳だったことがわかる。
・81図中に、なぜ「鯉」が描かれているか不明。植物との関係か、少し冗談をやったのかも知れない。図中には、書き込みがあり、字が小さく剥落などで前半が判読困難だが、「・・・定まりなし。明治二十二年三月十二日 官宅の泉水の鯉なり」とある。
・描写のスタイルはいわゆる植物図譜(しょくぶつ・ずふ)を描く江戸時代以来のスタイル。
・植物図譜は近代以前では岩崎灌園(いわさき・かんえん 江戸時代)、またシーボルト、ル・ドゥーテが作成した図譜などが広く知られる。琉球王国時代には『質問本草(しつもん・ほんぞう)』という植物図譜が作成され、広く知られている。近代日本では牧野富太郎の植物図鑑などが知られる。

 

(鶴田大)

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