組踊集 [写本] 下巻 (くみおどりしゅう)

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概要・解説文

『組踊集(くみおどり・しゅう)』「今帰仁御殿本(なきじん・うどぅん・ぼん)」第2冊(全2冊)  筆写本(ひっしゃぼん) 解説

 組踊(くみおどり)は1972年に国の重要無形文化財となり、さらに2010年にはユネスコの無形文化遺産に指定された琉球・沖縄独自の歌舞劇です。当時の「日本」の能楽(のうがく)や歌舞伎を取り入れながらも、琉球独自の言葉と八・八音で連なる台詞(せりふ)のリズム、伝統的な踊りの振り付け、琉球の古い伝説を統合して見事に作り上げられたものです。組踊の「組」とは、このような様々な要素の「組み合わせ」という意味だと広く考えられています。例えば組踊の随所に、伝統的な琉歌(りゅうか=八・八・八・六音の歌)による舞踊(≒古典舞踊)がちりばめられているのはそうした「組み合わせ」です。

 組踊の創始者は琉球王国の役人・文人である玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)です。1718年に国王から命(めい≒指令)を受け、冊封使節(さっぽう・しせつ≒琉球国王の即位を認め祝う中国からの外交使節)を歓迎するために創作され、翌年、冊封使節の前で初演されました。
 この時の組踊を観た冊封使節・副使の徐葆光(じょ・ほこう)は中国を代表する文人ですが、この琉球芸能によほど関心を持ったようで、自身の琉球見聞録である『中山伝信録(ちゅうざん・でんしんろく)』でこの時に演じられた『二童敵討(にどう・てきうち)』と『執心鐘入』について詳しく記し、舞台図まで掲載しています。(※『中山伝信録』第2巻「重陽宴(ちょうようのえん)」参照)

 その後、組踊は冊封使節を歓迎する宴を中心に発展し、多くの演目(えんもく)が創作されました。しかし琉球王国が明治日本に組み込まれると共に、組踊の台本・記録の多くは失われました。公式芸能であったために皮肉にも王国と運命を共にしたのです。しかし多くの人々の努力で組踊台本の所在調査が行われ、現在では70曲ほどが確認されています。

 この本もその一つで「今帰仁御殿本」と呼ばれる貴重書です。合計11演目を収録しています。本の表紙に「明治二十四年」(=1891年)という筆写した年を示す記述と共に「今帰仁御殿」という記述があります。この記述は今帰仁御殿家(=今帰仁王子家)に伝わった本を筆写したことを意味します。
 1718年以降、国王の代替わりのたびに催された冊封使節歓迎の組踊演目については多くが不明です。王家や御殿家に伝わった本は琉球王国の公式行事と関わりがあることが多いので、「今帰仁御殿本」がこうした行事の内容を伝えている可能性は高いと考えられます。(※調査ノート参照)
 全2冊とも、「ト書き(とがき=演劇の登場人物の動きなどの注記)」まで丁寧に記載してあり、また台詞の冒頭には人物名が記され、(有名な琉歌に合わせた)舞踊のある箇所には「○○節」という曲名が記されるなど、実際に演じられた台本という雰囲気が漂います。

 この第2冊には「姉妹敵討(しまい・てきうち)」、「執心鐘入」、「巡見官(じゅんけんかん)」、「本部大主(もとぶ・うふしゅ)」(※「北山敵討(ほくざん・てきうち)」という名称で知られる)、「二山和睦(にざん・わぼく)」が収録されています。どの演目も舞台は琉球王国内です。「二山和睦」は尚王家に伝わった本にもある演目で王国公式行事との関係が注目される演目です。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1981年刊) ※項目「組踊」「玉城朝薫」ほか参照。
『組踊入門』(宜保榮治郎  沖縄タイムス社 2004年刊)
※主要な演目の台本と、現存の多くの演目のあらすじを掲載する。
『組踊写本の研究』(當間一郎 第一書房 1999年刊)
『徐葆光 中山伝信録』(原田禹雄 訳注 榕樹書林 1999年刊)
『宝庫からのメッセージ』(琉球大学附属図書館 沖縄県立図書館 沖縄県立博物館・美術館 三館合同展図録 2010年刊)
『沖縄県史料 前近代8 芸能Ⅰ』(沖縄県 1995年刊)
 ※「今帰仁御殿本 組踊集」を活字化。
『校注 琉球戯曲集』(伊波普猷  春陽堂 1929年刊 ※『伊波普猷選集 下巻』沖縄タイムス社 1961年刊に再録)
「尚家旧蔵「組踊集」 - 翻刻と注釈(上)」(鈴木耕太 「沖縄芸術の科学」(沖縄県立芸術大学紀要22) 2010年刊)

(調査ノート)
○玉城朝薫に組踊を創作するよう命じたことに関するいきさつは、『球陽(きゅうよう)』第3巻の尚敬王(しょう・けい・おう)の六年(1716)の部分に詳しく記述されています。
○組踊は通常、琉球王国時代に作られた古典芸能のことですが、現在でも次々と新作の組踊が作られていて、それらは現代版組踊などと呼ばれ区別されています。
○組踊は明治以降、興業を行う民間の沖縄芝居(うちなー・しばい)の作家・演出家・役者や地域行事の村芝居などの間で継承され、現在では、国立劇場おきなわ を中心に後継者育成や、古典・新作の上演の中心となっています。沖縄芝居や村行事が古典芸能の命脈を保ったと言えます。また、沖縄芝居や村行事は公的な伝統を持つ組踊とは異なる表現領域を豊かに保有しており、今後、組踊同様に保存・継承が望まれる芸能です。「沖縄芝居」は基本的に台本を持たない口立(くちだて≒口承)の芸能ですが、1990年代に、「沖縄芝居」の名優・演出家・興業主として活躍してきた真喜志康忠(まきし・こうちゅう ~2011)らにより多くの演目が活字化(≒台本化)されました。各地域の村芝居についても市町村史などで調査・活字化の努力が続いています。
○王家や御殿家(うどぅん・け)に伝来した本は王国の公式行事と深い関わりがあります。「尚家本(しょうけ・ぼん)」(1867年写。 那覇市歴史博物館所蔵)や「小禄御殿本(おろく・うどぅん・ぼん)」(1898写。1866年の冊封使節歓迎の宴を担当した小禄御殿家に伝わった本の写本。琉球大学附属図書館所蔵)は、1866年の冊封使節を歓迎する宴の演目を収録しています。また「羽地本(はねじ・ぼん)」(非現存。1832年の冊封使節を歓迎する宴を担当した羽地御殿家(はねじ・うどぅん・け)に伝来。『校注 琉球戯曲集』に活字化)は、同年の冊封使節を歓迎する宴の演目を伝えます。
○この本に収録された演目のうち、「執心鐘入」は1718年の冊封使歓迎の宴に上演され、「巡見官」は1756年、「忠士身替の巻」と「大川敵討」は1838年、「花売の縁」は1866年のそれぞれ冊封使節歓迎の宴に上演されたとされています。このことは、前述の組踊写本や、それぞれの回の冊封使節が書き残した「使琉球録(し・りゅうきゅう・ろく≒琉球での見聞録)などから判明します。一方で「手水の縁」は社会規範に抗(あらが)う恋の物語であり、文学的に優れた価値を持つものの、公的行事にはあまりふさわしいとは言えない内容です。「今帰仁御殿本」の位置付けを考える上で大きなキーとなる演目です。
○各冊の目次に記された「風月軒(ふうげつけん)」というのはこの本の筆記者または所有者の雅号(がごう≒ペンネーム)とみられますが、現在、調査中です。

(鶴田大)
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