島津琉球軍精記 [写本] 巻之23-24 (しまづりゅうきゅうぐんせいき)

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概要・解説文

『島津琉球軍精記』 第11冊=第23、24巻 (全26巻=全12冊 ※第7,8巻=第4冊欠) 解説

 

 こうした「軍記もの」は蘭学(らんがく=オランダ~長崎出島から入るヨーロッパの天文地理・科学技術の情報)に関する本と共に、江戸時代の人々に人気だったようです。「鎖国」と呼ばれる時代において、人々は平和と共に閉塞感を感じていて、「軍記もの」や蘭学に非日常的な解放感を感じていたのでしょう。

 

 この『島津琉球軍精記』(以下、「軍精記」と記す)は1700年頃(元禄年間)~1806年までに著作されたとみられている本です(→参考文献3)。この県立図書館の筆写本(ひっしゃぼん)は、最終冊の末尾に「文化三年(1806)正月」という記述があり、「軍精記」の成立年代の下限を示していることでも知られる貴重な本です。
 史実である薩摩藩(島津氏)による琉球侵攻(1609年)について書かれた本ですが、「軍記もの」という性格上、伝説をそのまま取り入れたり、脚色を加えたりした部分も多いとされています。細かい地名や、戦闘において活躍する人物らも架空の名称が付けられています。

 

 「軍精記」が刊行された形跡はありませんが、多くの筆写本が残されていてこの本もその一つです。また、「軍精記」の内容を元にしたフィクションである『絵本琉球軍記』は、数ある琉球に関する「軍記もの」の中で唯一刊行され、広く読まれた本として知られています。県立図書館にも『絵本琉球軍記』(→資料ID1001984887ほか 全20巻のうち前半の10巻)、『絵本豊臣琉球軍記』(→資料ID1002000121ほか 計20巻(冊))の2件の刊行本が収蔵されています。題名は異なりますがほぼ同内容で、どちらも『絵本琉球軍記』諸本の一つに数えられます。

 

 「軍精記」の内容の特徴としては、それ以前の琉球侵攻に関する実録・史書に比べ非常に詳細な記述がなされている点、秀吉の朝鮮侵攻に関する諸書の影響を受けている点、薩摩藩による琉球侵攻の正当性を念入りに述べている点が指摘されています。
 「征伐」する正当性の根拠として、琉球は本来、朝鮮に従属する立場でありながら十分な外交儀礼を行っておらず、しかも琉球王はぜいたくで乱れた政治をしている、ということが挙げられています。また、実際の琉球侵攻は、圧倒的な薩摩軍勢が沖縄本島上陸後、わずか一週間ほどで戦いに決着をつけましたが、この物語では延々と薩摩・琉球両軍の激しい戦いが描かれ、結果的には薩摩藩の軍功が強調する記述内容となっています。こうした記述は史実と大きなへだたりを持っています。

 

 この第11冊では、琉球国王が首里城から避難している日頭山(にっとうざん)を薩摩軍が攻め、琉球国王に和平・投降(とうこう)を呼びかけます。琉球軍では日頭山の主将・王辰亥(おう・しんがい)らが徹底抗戦を主張しますが、琉球国王は、薩摩軍が礼儀を尽くしているとの理由から、自ら王辰亥らを説得し、抗戦を停止して薩摩軍に投降し、捕虜となります。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
1.『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス 1981年) ※項目「薩摩浸入」「島津氏」「島津義久」ほか
2.『国史大辞典』(吉川弘文館 1997年)
3.『異国征伐戦記の世界』(金時徳(キム・シドク) 笠間書院 2010年)
※第2章第3節参照。「軍精記」が秀吉の朝鮮侵攻を扱った朝鮮書『懲毖録(ちょうひ・ろく)』の影響を受けていることから、『懲毖録』が日本に広まった元禄期を「軍精記」成立の上限とする見方が示されている。
4.『「鎖国」という外交』(ロナルド・トビ  小学館 2008年)
5.『島津氏の琉球侵略』(上原兼善 榕樹書林 2009年)
6.『琉球軍記・薩琉軍談』(山下文武 南方新社 2007年)
7.『江戸期琉球物資料集覧』(本邦書籍 1981年)
ほか

(鶴田大)

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