梅帯華伝 (ばいたいかでん)

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概要・解説文

山城正忠(やましろ・せいちゅう)自筆原稿 『梅帯華伝(ばい・たいか・でん)』解説


 正忠(1884-1949) は沖縄出身者としては最初に日本近代文学の世界で名を成した文学者です。主に歌人として活躍し、与謝野鉄幹・晶子(よさの・てっかん、あきこ)らに学び、石川啄木らとも親交があったようです。昭和13年(1938) 、歌集『紙銭を焼く』を発表しました。
 琉球王国時代の有名な彫刻家である梅帯華(ばい・たいか=田名宗経・だなそうけい 1798-1865) について書かれたこの自筆原稿も、どこの家にどのような作品が残っているなどの記述が詳しくあること、戦災による亡失(ぼうしつ)などの記述が一切ないことから、戦前(1945年以前) の著述と考えられます。
 
 原稿の内容は、梅帯華(ばい・たいか) の略歴を家譜(かふ)などから調査して、適宜(てきぎ)、周囲から伝聞した内容や自分の考えを述べたものですが、編集者による朱筆の書き込みが見られないことから、あるいは新聞・雑誌などに発表しなかったか、完成原稿以前の草稿(そうこう=下書き)だった可能性もあります。
 正忠は謝花雲石(じゃはな・うんせき)や尚順(しょう・じゅん)と並んで近代沖縄の書の名人とされる人物ですから、この原稿には「書」としての価値もあります。しかし、ペン書きによるこの原稿はそれほど名筆という印象は見あたらず、文学者の書という印象です。
 一般に文学者には、できるだけ早く正確に、自分の脳裏(のうり)に浮かんだ言葉を書き記す習慣があるため、特に原稿においてはスピードのある、どちらかというと乱筆(らんぴつ)というべき書が多いようです。正忠の原稿はさすがに乱筆ということはなく、文学者の書としては読みやすいものです。

 

 ところで、正忠と梅帯華のつながりはよくわかりませんが、この原稿の旧蔵者である歴史家・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん) は正忠と交流があったようです。昭和14年(1939)に「故山点描(こざん・てんびょう)」というタイトルで琉球新報に連載したエッセイに「正忠」と題するものがあり、病気にかかって酒の飲めない正忠を心配しつつ、酒好きな正忠が何とか酒が飲めるようにする方法がないものだろうかと述べ、「呑まねば歌よまぬ男なればなり」(=酒を飲まないと得意の短歌も詠まない男だから、酒が飲めない状態は良くない)と結んでいます。寛惇は謹厳実直(きんげんじっちょく)で無口な人物だったと伝えられていますから、こういう表現で、歌人としての正忠を評価していることを伝え、同時に病中の正忠を励ましていたのでしょう。
 ちなみに、正忠が関心を寄せた梅帯華が文字を彫った『太上感応篇大意(たいじょうかんのうへん・たいい)』という琉球木版本が沖縄県立図書館に貴重資料として収蔵されています。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1983年)「田名宗経」「山城正忠」の項目。
『東恩納寛惇全集 9』(第一書房 1981年) ※「故山点描」収録。 
                               ほか

(鶴田大)

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