史料綱文 [弘化1年3月-慶応4年] (しりょうこうぶん)

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概要・解説文

  本資料は、琉球王国最後の国王・尚泰(しょう・たい 1843~1901)の伝記『尚泰侯実録(しょう・たい・こう・じつろく)』(1924年刊)が作成された際の材料です。本の著者である歴史家・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん 1882~1963)が『史料綱文』と名付けたこの冊子は全18冊あります。様々な史料の抜き書きや手紙の写しから成り立っています。寛惇は尚家に最も近い学者として知られ、琉球王国の正史『球陽』などのほか、尚家に当時伝わっていた文書類を存分に活用してこの一代記を執筆しました。「実録」というのは東アジアで古代から用いられている歴史書の形式を表す言葉で、帝王の一代記を時系列に沿って客観的に綴る形式の歴史書です。また「尚泰侯」の「侯」とは尚泰が明治政府から侯爵の位を授与されたことから来ています。〔※詳しくは本デジタル書庫の『尚泰侯実録』を参照してください。〕
  全18冊の『史料綱文』のうち、この〔弘化1年~慶應4年〕(1844~1868)は、他のものと異なり、『尚泰侯実録』本文末尾に付された「尚泰侯年表」の当該年間についての草稿です。記事内容は、なぜか前年の尚泰の誕生の記事が省かれ、翌年の1844年「弘化元年三月十一日 仏船〔※フランス船籍の船〕一隻 那覇ニ来リ(後略)」という記事から始まり、1868(慶應4)年の「慶應四年 向文光 等 入閩(にゅうびん=中国の福州へ渡航したという意味)」までです。1868年の9月8日には改元して「明治」となりますから、まさに明治前夜までの年表部分の草稿ということになります。
   内容をみると、本資料には記載があっても「尚泰侯年表」では省かれている記事があり、反対に『史料綱文』〔弘化元年~慶應四年〕分には記載が無くても「尚泰侯年表」には加筆されている記事もみられます。中には全く同文の記述もみられますが、全体としては、まだ完成稿からは遠い草稿状態のものとみられます。『史料綱文』全18冊の中には本資料以外に「尚泰侯年表」の草稿はみあたらず、従って明治年間の部分が見あたらないことになります。明治以降については特にこうした切り貼りの書類を必要としなかったのか、詳細は不明です。
   また、本資料は他の『史料綱文』同様、『尚泰侯実録』〔※ここでは「尚泰侯年表」〕では省かれている史料出典が時折、記されています。ですから本資料は『尚泰侯実録』の記述内容の出典史料を知る上でもたいへん貴重な史料です。
(鶴田 大)

詳細解説文

  本資料が『尚泰侯実録』の基礎資料として東恩納寛惇によって作成された経緯については、『尚泰侯実録』を収録している『東恩納寛惇全集2』〔※(参考文献など)参照。〕の末尾「書誌」部分に、『尚泰侯実録』に関連して、下記のように詳しく書かれています。
  著者は、執筆に入る前にこれらの史料を原稿用紙に転写する作業から始めたようで、東恩納文庫に『史料綱文』十八冊が残されている。天保十四年から明治三十四年までの史料が編年体で配列されている。原稿用紙に毛筆で転写し、これをさらに年代順に切り取って尚家の罫紙に貼付したものである。
   「東恩納文庫」というのは財団法人・東恩納文庫のことで、1963(昭和38)年に沖縄に発足しましたが開設直前に東恩納寛惇が逝去したなどの経緯から、1964(昭和39)年には当時の琉球政府の管理となり、そのまま現在の沖縄県立図書館に引き継がれ、図書館内の特殊文庫である「東恩納寛惇文庫」となっています。原稿用紙に書いたものをあらためて他(尚家)の原稿用紙に貼り付けているのは、おそらく沖縄から次々と送られてくる史料を次々と抜き書きし、それを後から年代順に並べたものと見られます。また、この時点で、既に膨大な史料の中から相当に選りすぐって抜き書きがなされている点や、原史料本文の要約が行われている点からみて、寛惇の中に完成形のイメージが出来ていたことがうかがわれます。
  また、本資料を基に刊行された『尚泰侯実録』については、『東恩納寛惇全集2』同上部分に『古文書等緊急調査報告書』〔※(参考文献など)参照〕を参考にして下記のように書かれています。
   本書の初版は、大正十三年に刊行されたのであるが、著者が編纂主任となり史料収集を開始したのは、帝大卒業から二年目の明治四十三に遡る。則ち同年六月十日尚家(東京)に対して「文政年間以降の書籍」「故従一位様御関係書類」及び首里尚家の「御蔵本目録」を請求している。これに応えて、同年秋には、一九三点五六五冊の関係書籍・書類および蔵書目録が首里尚家から東京へ送られているが、これらの資料は、現在も尚家(東京)に秘蔵されている
   東恩納寛惇が本資料執筆に活用したこれら尚家文書はその後、おそらくほとんどが、1995(平成7)年に那覇市歴史博物館に寄贈され所蔵されています。それらは1996(平成8)年に同様に寄贈された美術品などと共に、2006(平成18)年に『琉球国王尚家関係資料』として国宝の指定を受け、2016(平成28)年現在も調査・研究作業が続けられています。また東恩納寛惇が作成した『史料綱文』や『尚泰侯実録(原稿)』などは寛惇旧蔵資料として沖縄県立図書館の東恩納寛惇文庫に所蔵されています。
   さらに歴史史料の運命について感慨深い記述がやはり『東恩納寛惇全集2』の『尚泰侯実録』の後に付された「解題」部分にあります。
    
 「東恩納寛惇がこの実録を記録するに際し、当時の東京尚家では実録の完成を期すべく、わざわざ沖縄の中城御殿より厖大な史料を東京に取りよせていた。この史料が現在伝存するところの尚家史料である。その時の史料転送の書簡はいまも尚家に保存されている。もし東恩納寛惇がこの実録を記録する機会がなかったならば、或るいは今日の尚家史料は皆無に等しいものとなっていたかも知れない。」

 尚家史料が沖縄戦を免れ現存しているのは本来、沖縄に保管される史料が偶々、東京へ移管されていて、しかも東京空襲からも守られたからです。上述のようにこれらの史料のおそらくほとんどが現在は沖縄に里帰りしています。
(鶴田 大)

参考文献・調査ノート

(参考文献など)
・『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1983年刊)
  ※「尚泰侯実録」「尚泰」「東恩納寛惇」ほか各項目参照。
・『尚泰侯実録』
  ※本資料は1924年に櫛引弘太により発行されたもの。その後、1971年に原書房から復刻され、さらに1978年に『東恩納寛惇全集2』に収録された。「全集」には解題、書誌が付されている。
・『古文書等緊急調査報告書』(沖縄県教育庁文化課編 1976年刊)
  ※『尚泰侯実録』執筆に当たって東恩納寛惇が沖縄から尚家の資料を東京へ取り寄せた経緯の詳細について詳しくまとめている。
・『球陽』(首里王府・編 桑江克英・訳注 三一書房 1971年刊)
  ※『史料綱文』作成の際、中心となった史料の一つ。琉球王国の正史。『球陽』は他に角川書店から原文編・読み下し編が刊行されている。
・『尚泰王』(上中下・三冊 与並岳生・著 ※「新琉球王統史」第18~20巻として刊行。 新星出版 2006年刊)
  ※「琉球処分」の副題の通り、尚泰時代の歴史がわかりやすくまとめられている。
(鶴田 大)

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