牧志恩河一件調書(伊江文書) [調書1] (まきしおんがいっけんしらべがき いえもんじょ)

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概要・解説文

『牧志恩河一件調書(まきし・おんが・いっけん・しらべがき)』「調書」(二) 解説

 琉球王国時代末期の「牧志・恩河事件」は薩摩藩や押し寄せる欧米勢力との関係の中で起きた政治的事件として広く知られています。
 大まかに事件の内容を述べると、西欧近代文明の移入を進める薩摩藩において、急進的な藩主・島津斉彬(なりあきら)が1858年に急死したため政治抗争が起こり、琉球王国内部でも斉彬に協力的だった牧志親雲上(ぺーちん=首里王府の位の一つ)や恩河親方(うぇーかた=親雲上の上、王子・按司(あじ)に次ぐ位)らが罪名も証拠もあいまいなまま逮捕され、流刑などの刑を受け、不可解なまま死に至った事件です。判決書が現存しないため、『牧志恩河一件調書』と総称される「調書(しらべがき)」(2点)・「口問書(くちといがき)」(4点)・「糾明官意見書(きゅめいかん・いけんがき)」(5点) は事件の原資料として重要な価値を持っています。

 現在では有名なこの大事件ですが、広く人々の間に知られるようになるのは意外に遅く、事件から40年ほど経過した1901年に琉球最後の王・尚泰(しょう・たい)が亡くなって以降のことです。琉球王国の有力者たちが直接に関わった事件でしたから、尚泰存命中は事情を知る多くの人々が口を閉ざしていたためとされています。1901年以降、当時を知る旧首里王府高官の喜舎場朝賢(きしゃば・ちょうけん)や、歴史家・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん)らが次々と事件について詳細な証言や検証を開始し、現在も小説・物語・歴史研究などで広く取り上げられています。それらの多くは、罪人とされた牧志親雲上らに同情的であり、また歴史の混乱に巻き込まれた人々への追悼の意が込められているようです。

 この冊子本は容疑者の供述を記した「口問書」や裁判官らの意見を記した「糺明官意見書」の内容をまとめた二冊本の第一冊です。内容は、恩河親方の取り調べが中心です。(※第二冊は小禄親方・牧志親雲上らの取り調べ。) 薩摩藩が琉球王国を通して購入しようとしたフランス製蒸気船の購入のプロジェクトがそもそも恩河らの主導で行われたとする容疑や、薩摩藩主であった島津斉彬と意見が合わないために、座喜味親方(ざきみ・うぇーかた)が首里王府の三司官(さんしかん=国王を補佐し国政を担う役職)を退任させられた際やその後任人事などに恩河親方が暗躍していたとする容疑についての記録です。
 まづ、恩河親方とその関係者の供述内容を記したあと、様々な立場の人々の証言を記しています。最後にこの時点(1860年5月)での、調書をまとめた人物(≒平等所役人)の意見として「確実な証拠が見つからないことを踏まえて判決を検討してほしい」と記しています。(※恩河親方はこの調書がまとめられた年の3月にすでに拷問により獄死しています。)
 恩河親方らは一貫して罪状を否認しており、これに対し糺明官らは拷問や、多くの関係者の証言を集めて何とか犯罪の証拠をつかもうとしている様子がうかがえます。この裁判が当初から強引に牧志らを罪人とする意図を持つものであることをうかがわせます。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1981年刊)
『琉球見聞録』(喜舎場朝賢 著 1914年刊)
 ※この事件を扱った「琉球三冤録(さんえんろく)」を収録。その後、至言社(1977年)などで再刊。
『東恩納寛惇全集4』(第一書房 1979年刊) 
※1913年に琉球新報に連載された「牧志恩河一件の真相」を収録。
『琉球の歴史』(比嘉春潮 著 1959年)
「伊江文書 牧志・恩河事件の記録について」(金城正篤  ※「歴代宝案研究2」1991年刊に収録)
 ※調書の内容を要約して詳細な解説・考察を加えている。
「「牧志・恩河事件」関係記録について」
(金城正篤 ※「琉球大学法文学部紀要 史学・地理学篇 35」1992年刊 に収録)
ほか

(鶴田大)
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