巡回日誌 (じゅんかいにっし)

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概要・解説文

 この資料は農商務省の役人・塙忠雄(はなわ・ただお 1862~1923)が沖縄県庁へ出向して以来、断続的に実施した県内巡回の際の日誌です。全体が「本島巡回日誌」(1889~1890年)、「宮古・八重山両島巡回日誌」(1890年)、「日誌(伊平屋・伊是名両島巡回)」(1894年)の三部に分かれています。沖縄本島と、宮古・八重山の巡回については役人の立場で行われ、伊平屋・伊是名両島については役人を辞めてから民間人の立場から実施されています。しかし全体を通して、各地へ出かけて地域の役人から行政文書を受け取り、みずからその地域の視察を慎重に行なうというスタイルでは一貫しています。

 「本島巡回日誌」は1889(明治22)年12月29日から1890(明治23)年1月5日までの8日間に行われた視察を記録したもので、各地の役場(※当時は番所 ばんしょ) から必要な文書類を受取り、主に衛生問題について視察しています。衛生問題に関する記述は墓地、学校、市場、道路のようす、医者の有無や民間医療の状況など多岐にわたり非常に詳細です。
 「宮古・八重山巡回日誌」は1890(明治23)年7月26日から同年8月8日の14日間で、視察内容は、前回の衛生問題に加えて産業についても注目しています。衛生問題では特に風土病(マラリアなど)について注目しており、また産業については製糖、染織(「貢布(こうふ)」)、炭鉱などについて注目して記録しています。
 「日誌(伊平屋・伊是名両島巡回)」は1894(明治27)年11月1日から同年12月28日までの58日間にわたる長期調査です。役人を辞して以降の民間人の立場からの調査ですが、やはり各島の役場を廻って行政文書を受け取り役人の協力を得て行われています。調査内容も却って前二回よりも行政的で、各戸を廻って戸籍調査をおこない、子供の就学や、船舶調査も行っています。おそらく行政府に調査結果を報告したのでしょう。
 塙忠雄は農商務省を若くして退職したのち、民間の立場で沖縄の風土病対策、産業振興に努力しました。それらの事業は一定の成果を収めたものの1896(明治29)年には事業撤退となり塙忠雄も東京へ帰郷しました。

 巡回が行われた明治中期は、船の他には、駕籠(かご)や徒歩によって各地を廻っていた時代ですから、こうしたフィールドワークの記録は非常に貴重です。同時代の大規模な沖縄各地の巡見(じゅんけん)記としては『上杉県令巡回日記』(1881年)や笹森儀助(ささもり・ぎすけ)による『南島探検』(1893年実施、翌年刊行)が知られるのみです。上杉県令(けんれい=県知事)による『上杉県令巡回日誌』(1881~1882年)は行政責任者として社会全体を広く視察したものです。笹森儀助による『南島探検』は、もともと明治政府から沖縄における製糖事業の可能性についての調査報告をまとめるよう依頼され行われた巡見旅行でしたが、実際には沖縄各地の生活実態をつぶさに観察し、民俗学調査のさきがけとなりました。
 塙忠雄の「巡回日誌」は特に衛生問題について詳細に記述している点が注目されるところです。1995(平成7)年に初めて公開されたことから前二者のように同時代に広く知られることのなかった記録ですが、今後、ますますその歴史的な価値が注目される資料です。
(鶴田 大)

詳細解説文

※本資料は、全文の活字化が「温古叢誌」(第49~51号)にあります。(→参考文献参照)
以下、おおまかな構成と補足内容を記述します。
・「沖縄県」と印字された原稿用紙に墨書(一部、鉛筆書き)された日誌で、沖縄本島、宮古八重山、伊平屋島の三部から構成される。仮綴じ(こより綴じ)の状態。全55丁(枚)。三部はそれぞれ年代の隔たるもので、第三部の記された明治27年以降に合綴(がってつ)されたとみられる。
・総扉に「巡回日誌」とあり、それぞれの日誌に「塙忠雄 本島巡回日誌」「塙忠雄 七月二十六日ヨリ八月八日ニ至ハ十四日間 宮古 八重山 両島巡回日誌草稿」「明治二十七年十一月一日起 日記 一」と墨書した扉がある。本文は宮古・八重山巡回日誌のみ鉛筆書きで、残念ながら8月7日、8日分については欠いている。
・「本島巡回日誌」本文第一頁に比較的新しい貼り札「明治二十二年十二月」がある。
・第三部「日誌(伊平屋・伊是名両島巡回)」には本文1頁に「満三十」と年齢が記されている。この資料の表紙には「明治二十七年十一月一日起 日記 一」とのみある。「温故叢書」の論文では題名を「伊平屋 伊是名両島巡回日誌草稿」としている。ここでは便宜的に「日誌(伊平屋・伊是名両島巡回)」とした。巡回した場所は伊平屋・伊是名両島の他、野甫島(のほじま)も含まれている。
・塙忠雄の生年についてははっきりした記録がみられないが、「日誌(伊平屋・伊是名両島巡回)」の本文1頁の三十歳という記述、および温故学会ホームページなどの記載により、生年を1862年とした。没年も温故学会ホームページに従った。
(鶴田 大)

参考文献・調査ノート

(参考文献など)
・斉藤政雄「塙忠雄氏の沖縄『本島巡回日誌』について(一)(「温故叢誌」第49号 温故学会 編・刊 1995年11月) ※本資料の「本島巡回日誌」全文を活字化して語句注釈を加えている。社団法人 温故学会の初代会長が塙忠雄。
・斉藤政雄「塙忠雄氏の『宮古 八重山 両島巡回日誌』について(二)(「温故叢誌」第50号 温故学会 編・刊 1996年11月)
・斉藤政雄「塙忠雄氏の『伊平屋・伊是名 両島巡回日誌』について(三)(「温故叢誌」第51号 温故学会 編・刊 1997年11月)
・『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1983年刊)
「上杉県令巡回日誌」「南島探検」などの各項参照。
 ※事典には本資料及び塙忠雄についての記述が無いが比較史料として上記のものが参考となる。
・琉球新報 1996年8月26日記事「明治の世相、風俗克明に 塙氏の巡回日誌を初公表」
 ※前年11月に「本島巡回日誌」を「温故叢誌」上で公表したことに関する記事。
・温故学会ホームページ(温故学会の歴史) http://www.onkogakkai.com/history.htm (2016年2月20日閲覧)
ほか

(調査ノート)
・塙忠雄は沖縄の巡回調査や事業を終えたのち、東京へ帰着し、温故学会の発起人の一人となる。
・温故学会は『群書類従』を編さんした江戸時代の国学者である塙保己一(はなわ・ほきいち)を顕彰し、学術・研究を行う社団法人。塙忠雄は保己一のひ孫に当たる。1909年に当時の財界の中心人物である渋沢栄一らと共に設立されて今日に至る。
・「巡回日誌」公表当時(1995~1997年)、資料は温故学会が「保存」していると誌上に記載がある。その後、沖縄県立図書館の所蔵となっている。
(鶴田 大)
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