国宝建造物修補資料 (こくほうけんぞうぶつしゅうほしりょう)

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概要・解説文

阪谷良之進(さかたに・りょうのしん)作成・編「国宝建造物補修資料」解説

 この資料は、1930年代(昭和初期) に首里城の修理工事の担当主任(文部省技官)として活躍したことで知られる阪谷良之進(1883~1941)が作成・保管していたものです。内容は日本全国の国宝指定建造物の修理工事事業に関するメモです。(資料は24分類されている。資料内訳については「詳細解説文」参照。)沖縄の建造物に関わる文書はこの資料には見当たりませんが、阪谷は首里城を含め、沖縄の歴史的建造物を数多く調査し、膨大な図面や写真・メモなどの資料を残しており、沖縄の建築文化にとって最も重要な人物の一人です。
 阪谷の残した資料は「阪谷資料」と呼ばれ、その一部は沖縄県立図書館に所蔵されていて、この資料もその一つです(「調査ノート」参照)。「阪谷資料」は本来、昭和初期に行われた首里城の修理事業や多くの歴史的建造物の文化財登録・保存修理のために作成されたものですが、戦災(1945)により失われた首里城、識名園(しきなえん)などの再建に際しても重要な手がかりとなりました。首里城や識名園が昔ながらの姿でみごとに再建された背景として、阪谷が残した資料が大きな役割を果たしたといえるでしょう。

 この資料からは、阪谷が文部省の技官として沖縄県だけでなく、日本全国の歴史的建造物の保存修復事業に活躍した様子がうかがえます。また映画や書籍など様々な方法を用いて歴史的建造物の大切さを社会に訴えていこうという努力の様子もうかがわれます。走り書きのメモからはその多忙ぶりも伝わって来ます。また細かくみていくと、阪谷の現場スタッフに対する心遣いも伝わって来ます。たとえば、何らかの事業で国からの人員削減を言い渡された際の文書の写しに書き込まれたメモには「多年の経験と特殊の技術を有する技術者を失うは遺憾至極(いかんしごく=残念でならないこと)なり」とあります。(資料7「工事関係者」メモ 参照) そこには社会や政府に対して文化財保存の大切さを訴え続ける阪谷のくやしさがにじみます。

 歴史的建造物を訪ねてまわり、多くのスケッチ・図面・写真と膨大なメモを残しました。その努力は、昭和8年以降の、円覚寺など22点の建造物の国宝指定につながります。しかし沖縄から東京へ帰った阪谷は激務がたたったのか、4月には病いに倒れました。元々、病弱であった阪谷でしたが、その後も病身をおして職場復帰を果たし、文化財保護に尽力を続け、10年後の1941年に病没します。
 「阪谷資料」は今後も沖縄や日本全国の歴史的建造物の再建や補修において、また文化財行政のありかたにおいて、重要史料として大きな力となっていくことでしょう。

(鶴田 大)

詳細解説文

ここでは資料の内訳を記します。必要に応じて注釈を加えます。

1.「昭和六年十月内務省ヨリの通牒」  
2.「当麻寺金堂現状変更要領(奈良県)」  
3.「来信 奈良県岸村師ヨリ 一月三十日付」  
4.「石山寺多宝塔 出土品ノ件(滋賀県)」  
5.「国宝保存事業の映画進出案・他1案」:
文化財保存の意義を社会に伝えようとする意図で計画されたこの映画制作がどのようなかたちで結実したかについては未調査。 
6.「京都市技師の用件(京都府の要件)」  
7.「工事関係者」:
 国(文部省)から人員を削減された際のメモとみられ、阪谷のくやしさのにじんだメモがみられる。 
8.「工事能率調査」  
9.「工事施工ヶ所(工事数)」  
10.「奈良県修理設計ヲ本省ニテ作ル件 他(用件)2件」  
11.「茶室折畳式ノ図(大徳寺)」  
12.「準則ニツキテ」  
13.「国宝建造物図譜 編纂の方針」: 
『国宝建造物』(全3巻 1933-1936刊)の原案メモとみられる。「参考文献」参照。 
14.「第一期 三十六冊 左記ノ者ヨリ選択拝観 其一」  
15.「第一期 三十六冊 左記ノ者ヨリ選択拝観 其二」  
16.「設計図調製の件 他2件」  
17.「国宝建造物修理施行順則(昭和7年決定案)」 
18.「宝筐印石塔 愛知県宝持院所有(修補物件)」 
19.「青森県弘前市 長勝寺山門及釣鐘保護建物編入ノ件」  
20.「『国建』修補:不破八幡宮本殿、鳴無神社本殿」:
 どちらの神社も高知県内。  
21.「御上神社本殿廻椽下「コンクリート」工事中発見の銘文 昭和六・九・二二 官幣社御上神社宮司ヨリ文部大臣田中隆三宛 届出ヨリ」:御上神社(みかみじんじゃ)は滋賀県内。  
22.「福島県下国建修補「古四王神社拝殿」昭和七年 私費旅行時の調査及び回答」  
23.「三重県杉谷神社本殿(修補)」  
24.「その他 メモ2件」:断片的な建築図面メモ。どの建造物のものか不明。

参考文献・調査ノート

(参考文献)
・『首里城を救った男 阪谷良之進・柳田菊造の軌跡』(野々村孝男 ニライ社1999年)
※阪谷良之進について、遺族への取材や新資料の発見を含め、最も詳しく記されている。
・『国宝建造物』(第1-3期 阪谷良之進ほか著 国宝建造物刊行会 1933-1936年刊)
※本資料の文書13~15にメモされている書籍刊行計画の成果とみられる。主に京都・奈良・滋賀の古社寺を収録していて、沖縄の歴史的建造物は含まれていない。
(※国立国会図書館近代デジタルライブラリーで全ページを閲覧可能。)
・『醍醐寺五重塔 平等院鳳凰堂内部装飾文様』(阪谷良之進 編 解説執筆  仏教芸術院 1923年刊)
・『沖縄県史 第6巻 各論編5 文化2』(沖縄県教育委員会 編・刊 1975年)
※検索の際は「沖縄縣史」。p.515-665「建築」。沖縄の建造物の歴史概説と共に、戦前の国宝指定一覧表が掲載されている。
・『甦る首里城 歴史と復元』(首里城復元期成会 編・刊 1993年)
・『名勝 識名園の創設』(おきなわ文庫 ひるぎ社 2000年刊)
・『沖縄県内文化財復元・修理等工事報告書集 4』(沖縄開発庁 1987年刊)
・『世界遺産 琉球王国のグスク及び関連遺産群』(沖縄県 2001年)  ほか

(調査ノート)
・「阪谷資料」は狭義には沖縄県立図書館所蔵の7点をさすが、広い意味では多くの所蔵機関・所蔵家が保管している阪谷が残した文書類全体をさす。
・阪谷良之進の残した資料は現在、沖縄県立図書館に『旧首里城図』(図面)、『識名御殿平面図』(図面)、『首里城付近ノ図』(図面)、『首里城正殿(沖縄神社拝殿)特別保護建造物修理工事関係資料』、『沖縄県下国宝指定建造物資料』(1931年)、『戦前の沖縄・奄美写真帳』(写真・1931年)、『国宝建築物修補資料』の七件が収蔵されている。これらの資料はどれも戦火をくぐり抜けて現存している貴重な資料であり、戦後沖縄の歴史的建造物再建に大きな役割を果たした。
・首里城が1924年に取り壊しを免れたいきさつについては有名なエピソードがある。当時、維持管理のたいへんさから取り壊しが決定されていたが、その知らせを聞いた鎌倉芳太郎(かまくら・よしたろう 沖縄県で教員として勤務し、やがて文化史家・美術家として活躍)はすぐさま、伊東忠太(いとう・ちゅうた 当時の代表的な建築家で歴史的建造物の研究・保存に関しても重要な立場にあった)に危機を伝えた。それを聞いた伊東は政府担当機関(内務省 ないむしょう)に取り壊し工事中止をかけあい、了解を取り付けた。そこで電報が沖縄へ打電され、工事開始直前に取り壊しが中止されたという。
・沖縄県立図書館の「阪谷資料」の入手のいきさつについて野々村孝男氏著作(1999年 ※「参考文献」参照)に下記のように記述されている。
「(・・・)沖縄県立図書館の「阪谷資料」は、一九八二年(昭和五十七)、東京で開催された明治古典会主催の「七夕大入札会」の目録の中から「沖縄学術調査文献」として競売に出されていることを発見し、東京の古書店を通じて購入されたものである。この阪谷資料を沖縄県立図書館が入手するために奔走したのが、当時文書課長であった宮城保さんである。多くの沖縄関係コレクターとの激しい競争入札のなか、予算の制約を受けながら、当時の大城宗清館長の協力と理解を得て、阪谷資料を沖縄県立図書館が入手した。(・・・)」
・首里城は現在、「首里城跡」として国の史跡名勝天然記念物に指定されている。
・戦前(1945年以前)に国宝指定された建造物(24件)は下記の通り。
○波上宮 朝鮮鐘(1908年指定。1945年損壊。竜頭残欠が沖縄県立博物館に、拓本が沖縄県立図書館に所蔵されている。)  ○首里城正殿(1925年指定。1945年亡失。1992年復元。)  ○首里城守礼門(1933年指定。1945年亡失。1958年復元。)  ○首里城歓会門(1933年指定。1945年亡失。1974年復元。)  ○首里城瑞泉門(1933年指定。1945年亡失。1992年復元。)  ○首里城白銀門(1933年指定。1945年亡失。1999年復元。) ○円覚寺総門(1933年指定。1945年亡失。1968年復元。)  ○円覚寺右掖門(1933年指定。1945年亡失。1968年復元。)  ○円覚寺左掖門(1933年指定。1945年亡失。1968年に一部復元。)  ○円覚寺放生橋(1933年指定。1945年一部損壊。1967年復旧。)  ○円覚寺三門(1933年指定。1945年亡失。)  ○円覚寺仏殿(1933年指定。1945年亡失。)  ○円覚寺龍淵殿(1933年指定。1945年亡失。)  ○円覚寺鐘楼(1933年指定。1945年亡失。)  ○円覚寺獅子窟(1933年指定。1945年亡失。)  ○崇元寺総門(1933年指定。1945年一部損壊。1953年復旧。)  ○崇元寺右掖門(1933年指定。1945年一部損壊。1953年復旧。)  ○崇元寺左掖門(1933年指定。1945年の戦災を免れ現存する。)  ○崇元寺第二門(1933年指定。1945年亡失。)  ○崇元寺正廟(1933年指定。1945年亡失。)  ○園比屋武御嶽石門(1933年指定。1945年一部損壊。1956年復旧。)  ○末吉宮本殿(1936年指定。1945年一部損壊。1972年復旧。)  ○沖宮本殿(1938年指定。1945年亡失。)  ○弁が嶽石門(1938年指定。1945年亡失。) 以上24件。

しばらくお待ちください