牧志恩河一件調書(伊江文書) [口問書3] (まきしおんがいっけんしらべがき いえもんじょ)

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『牧志恩河一件調書(まきし・おんが・いっけん・しらべがき)』「口問書(くちといがき)」(三)  解説

 琉球王国時代末期の「牧志・恩河事件」は薩摩藩や押し寄せる欧米勢力との関係の中で起きた政治的事件として広く知られています。
 大まかに事件の内容を述べると、西欧近代文明の移入を進める薩摩藩において、急進的な藩主・島津斉彬(なりあきら)が1858年に急死したため政治抗争が起こり、琉球王国内部でも斉彬に協力的だった牧志親雲上(ぺーちん=首里王府の位の一つ)や恩河親方(うぇーかた=親雲上の上、王子・按司(あじ)に次ぐ位)らが罪名も証拠もあいまいなまま逮捕され、流刑などの刑を受け、不可解なまま死に至った事件です。判決書が現存しないため、『牧志恩河一件調書』と総称される「調書(しらべがき)」(2点)・「口問書(くちといがき)」(4点)・「糾明官意見書(きゅめいかん・いけんがき)」(5点) は事件の原資料として重要な価値を持っています。

 当時の琉球王国は想像以上に整備された裁判制度を持っていたようです。拷問(ごうもん)による自白の強要はあったようですが、全体としては、現在の裁判所に当たる平等所(ひらじょ)において儒教道徳に基づく科律(かりつ=刑法)を基本に、判例重視・情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)など、現在にも通じる人権意識・犯罪予防意識を持って裁判制度の運営を行っていたようです。
 「牧志・恩河事件」については平等所だけではなく、糾明奉行(きゅうめい・ぶぎょう)を特別に組織して裁判を進めるという異例の事態で、首里王府を揺るがす大事件だったことがうかがわれます。

 現在では有名なこの大事件ですが、広く人々の間に知られるようになるのは意外に遅く、事件から40年ほど経過した1901年に琉球最後の王・尚泰(しょう・たい)が亡くなって以降のことです。琉球王国の有力者たちが直接に関わった事件でしたから、尚泰存命中は事情を知る多くの人々が口を閉ざしていたためとされています。1901年以降、当時を知る旧首里王府高官の喜舎場朝賢(きしゃば・ちょうけん)や、歴史家・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん)らが次々と事件について詳細な証言や検証を開始し、現在も小説・物語・歴史研究などで広く取り上げられています。それらの多くは、罪人とされた牧志親雲上らに同情的であり、また歴史の混乱に巻き込まれた人々への追悼の意が込められているようです。

 この文書は「小禄親方(おろく・うぇーかた)・牧志親雲上口問書」とも呼ばれる文書で、逮捕された二人の度重なる供述調書の一部です。(※巻物の題名として「糺官意見書(きゅうかん・いけんしょ)」とありますが内容とは合っていません。)
 小禄親方らは、薩摩藩と結んで琉球王国の政治を乱した罪人として処罰される立場にありました。小禄らは一貫して無罪を主張しました。取り調べ全体の中では一部罪状の認定をほのめかす供述もあったようですが、それらは拷問を恐れての供述と見られています。
 平等所役人(=通常の裁判官)らは罪状の証拠が不十分であり、これ以上の供述の強制は法に反するとの立場を取りましたが、特別調査官である糺明官らは拷問を行っても犯行を自白させるべきだという態度を取りました。この裁判が当初から強引に牧志らを罪人とする意図を持つものであることをうかがわせます。この文書もそうした雰囲気の中で行われた供述であることに注意する必要があります。
 なお、これら「口問書」の内容は冊子本にまとめられた『牧志恩河一件調書』「調書」(一)~(二)に収録されています。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1981年刊)
『琉球見聞録』(喜舎場朝賢 著 1914年刊)
 ※この事件を扱った「琉球三冤録(さんえんろく)」を収録。その後、至言社(1977年)などで再刊。
『東恩納寛惇全集4』(第一書房 1979年刊) 
※1913年に琉球新報に連載された「牧志恩河一件の真相」を収録。
『琉球の歴史』(比嘉春潮 著 1959年)
「伊江文書 牧志・恩河事件の記録について」(金城正篤  ※「歴代宝案研究2」1991年刊に収録)
「「牧志・恩河事件」関係記録について」
(金城正篤 ※「琉球大学法文学部紀要 史学・地理学篇 35」1992年刊 に収録)
ほか

(鶴田大)
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