童子駿馬図 (どうじしゅんめのず)

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概要・解説文

(山田)真山(しんざん)画『童子駿馬図(どうじ・しゅんめのず)』解説

 

  真山(1885-1976)は近代沖縄のパイオニア的な画家です。馬は日本画・東洋画の伝統的なモチーフですが、これほど軽やかに描かれた馬の絵は中々ありません。

 昔から馬は王族・士族らの最高の贈答品でした。また彼らの生活の足であり、戦(いくさ)の道具でした。皆、馬をよく知っていましたから、描かれる際にもたいていは精密に重々しく描かれるのが通常だったのです。

 真山は卓越した技量で知られる画家です。この絵は一見何気ないようですが、真山ならではの的確な筆さばきが活きています。

 馬や童子を描く迷いのない軽やかなこの筆線(ひっせん)がなかったら、力強くも軽快に走る馬と、あどけない楽しげな表情の子供がこれほど生き生きとすることはなかったでしょう。真山は戦後(1945~)になってから、失われていく沖縄の生活風景を数多く描きました。馬や牛も昔は生活の中にありました。この絵にも真山が少年時代を過ごした明治時代の生活風景の記憶が宿っているのでしょうか。童子の乗る淡い栗毛(くりげ)の馬の前を黒毛の馬が走っています。乗馬しているのは童子の父や兄かもしれません。

 この絵には上部に大きな空白があります。この空白は伝統的に、画賛(がさん=絵に響き合う漢詩・和歌など)が書かれる位置です。しかし通常は画面左下に入れる署名を真山が画面右上に書いてるところをみると、真山はこの絵の出来映えに満足し、画面上方が空白のままで結構だ、と考えたのかもしれません。

 なお、旧蔵者の東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん)は真山のよき理解者であり、寛惇の随筆にも真山がよく登場します。この作品は、真山から寛惇に贈られたものだと考えられます。

(鶴田大)

詳細解説文

(山田)真山(しんざん)画『童子駿馬図(どうじ・しゅんめのず)』解説(詳細版)

 

 真山(1885-1976)は近代沖縄美術の創始者的な画家です。馬は日本画・東洋画の伝統的なモチーフですが、これほど軽やかに、しかも生き生きと描かれた馬の絵には中々出会えるものではありません。

 昔から馬は貴族・士族(しぞく)が国王などから贈られる最上の褒美(ほうび)でした。また現在の自動車のように生活の足であり、また戦(いくさ)の道具でもありました。ですから皆、馬を見る目は確かだったし、毛並みの種類から姿形(すがた・かたち)の善し悪しまで詳しく知っていて、描かれる際にもたいていは精密に重々しく描かれるのが常だったのです。

 真山はどっしりとした色彩の絵から、水墨画まで幅広い作風をこなしましたが、この絵は一見何気ないようですが、真山ならではの的確な筆さばきが活きています。

 走る馬のたてがみや姿、乗馬する幼い童子(=子供)の服が風になびく様子が、迷いのない、しかも軽やかな筆線(ひっせん)で一気に描かれてます。その筆線がなければ力強くも軽快に走る馬と、あどけない楽しげな表情の子供がこれほど生き生きとすることはなかったでしょう。厳しい修練を積んだ画家ならではの軽やかな絵というわけです。真山は戦後(1945~)になってから、失われていく沖縄の生活風景を数多く描きました。馬や牛も昔は生活の中にありました。この絵にも真山が少年時代を過ごした明治時代の生活風景の記憶が宿っているのでしょうか。

 童子の乗る淡い栗毛(くりげ)の馬の前を、磨墨(するすみ=マットな黒い毛)あるいは黒栗毛(くろくりげ=黒みを帯びた栗毛)の馬が走っています。乗馬しているのは童子の父や兄かもしれません。

 

 この絵には上部に大きな空白があります。この空白は伝統的に画賛(がさん=絵に触発されて作られる漢詩・和歌・短歌・俳句など)が書かれる位置です。しかし通常は画面左下に入れる署名を真山は画面右上に書いています。真山はこの絵の軽やかな出来映えに満足し、画面上方を空白にしたままで結構だ、と考えたのかもしれません。

  

 なお、旧蔵者の東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん) は真山のよき理解者であり、寛惇の随筆にも真山がよく登場します。真山が歴史画を描く際などには相談を受けたとあり、「しかし、私が真山君に示した好意は、真山君が私に示して下さった好意よりは遙かに劣っている。私はこれまで真山君から好意の表象(ひょうしょう=表現)として数幅(すうふく)の絵や陶器などの作品ももらった。中にも春景小幅(しゅんけい・しょうふく)は真山君の傑作の一つ」(※引用は一部、文字を読みやすく改訂) と述べています。「春景小幅(しゅんけい・しょうふく)」がこの絵に当たるか定かでありません(そうだとすると、この絵は春の野の景色ということになります。確かにそのような雰囲気があります。)。ともあれ、この作品は、同時代に沖縄文化の牽引者(けんいんしゃ)として生きた二人の間の贈答品の一つだったのでしょう。

 
(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄美術全集4』(沖縄タイムス社 1989年刊)
『琉球古美術の世界 大城清孝コレクション展』(那覇市文化局歴史資料室 編 1997年)
『沖縄の偉人 山田真山伝』(崎原久 著 沖縄出版社1978年刊)ほか
『東恩納寛惇全集9』(1981年 第一書房 刊)
 
(鶴田大)
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