花鳥のことば (はなとりのことば)

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概要・解説文

野之口隆正(ののぐち・たかまさ)自筆『花鳥(はなとり)のことば』解説  

 

 隆正(1792~1891)は国学(こくがく)者として幕末~明治初期に活躍した人物です。国学とは、神話である日本書紀・古事記、さらに万葉集・古今集などの和歌や源氏物語などを通して日本という国の起源や特質を解き明かそうとする学問です。賀茂真淵(かものまぶち)、本居宣長(もとおり・のりなが)などが有名です。江戸時代を通して盛んに行われ、明治時代以降の日本史、国文学、民俗学、さらには国家神道(しんとう)と結びついた政治思想にまで多大な影響を及ぼしました。隆正もそうした一人で、幕末の動乱期に諸国(日本全国)を遊学して見聞を広め、また自説を説きました。さらに明治時代になると宗教を管理する役人として活躍します。

 

 この『花鳥のことば』はわずか四十行足らずの文章ですが、「むすひのかみ」を中心に、簡潔に自分の世界観を述べたものです。「むすひのかみ」(=むすびのかみ)は、神話に出てくる天地創造の神、タカミムスヒノカミ=高御産巣日神や、カミムスヒノカミ=神産巣日神のことです。全文の内容は、「天地創造の神が「むすひのかみ」であることは、様々な古文書や和歌集に出てくるから間違いのないことだ。この神を始まりとして、我が国では様々な文化的営みが行われ、和歌などの伝統文化も育まれていった。私たちも日々の仕事、生活を大切にしながらも、この文化的伝統を大切に、花を愛でて、鳥の声を聞いて、心をなぐさめ、あるいは文芸に親しむのは「むすひのかみ」の意思にも合致するものだといえるだろう」というような内容です。

 さらに簡潔に言い換えると「日本国外から様々な文化が押し寄せて不穏な世の中だが、心を落ち着けて伝統を大切に心豊かな日々を送ろう」というような意味かと思います。

 

 冒頭にタイトル、末尾に日付と署名のある、こうした短い文章は隆正が全国の神社などに呼ばれて講義などをした際に、頼まれて書き残したものかと思われます。江戸時代という時代は移動の自由があまりなかったように一般に考えられていますが、国学を含め、様々な文化的交流が出版や様々な会合を通して行われていたようです。隆正自身も津和野藩(≒山口県)の藩士でしたが長崎へ遊学したり、脱藩して各地で国学を教えて暮らしていた時期もあったと伝えられています。

 
(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『日本古典文学大事典』(第四巻 岩波書店 1984年)
『大国隆正全集』(全七冊 1937-1939刊)
『平田篤胤・伴信友・大国隆正』(日本思想体系 岩波書店 1973年刊)ほか


(調査ノート)
・本紙は本文三十七行。一枚完結。
・題「花鳥のことば」~本文冒頭「むすびのかみの あめつちを つくりたまへる云々」
~「(日々の生業を怠らぬようにしながら)いとまの ひまに はなとりを みて ききて をりをりの こころを なぐさむるこそ むすびのかみの かしこき みたまに そむかぬものといへりにけれ」
~署名「嘉永四年 野之口隆正 しるす」
・「むすびのかみ」はタカミムスヒノカミ(古事記:高御産巣日神、日本書紀:高皇産霊神)、カミムスヒノカミ(神産巣日神)など、記紀神話に出てくる天地創造の神のこと。国家神道の中で、天皇家に直接つながる神、天地創造の神として重視された。
・タイトルの「花鳥のことば」というのは内容から推察して、おそらく日本最大の古典である古今和歌集(905年)の序文にある「花になくウグイス、川に住むカハヅ(=カエル)の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」(花を見てさえずるウグイスや、水辺で鳴くカエルの声を聴くにつけても、生きているものは皆、天然自然に感動して歌を詠むのだろう)を念頭にしているとみられる。
・生没:1792~1891年(明治四年)
・姓は今井~野之口、さらに後年は大國と改姓、名は秀文・秀清。号は佐紀乃舎・葵園。
・父は津和野藩士である今井秀馨。母は久留米藩士の石黒氏の出。
・平田篤胤門下。昌平黌に入り舎長になったが文化7年に辞し藩邸へ。
・長島藩主・増山雪齋に絵を学び、載雪と号す。
・菊池五山と交流し、やがて村田春門の門人となった。
・家督をついだのち、文政元年に長崎遊学。西洋理学を学ぶ。
・江戸へ帰ってからは大和文化圏の歴代の書を学ぶ。
・文政十二年脱藩亡命。野之口と改姓。その後、大阪を初め各地で国学を講義。
・嘉永四年に復籍。
・文久二年に石見国大國村で大国主命の古跡を発見。以降、大国と改姓。
・維新後は官僚として神祇局などで官僚として活躍。
(鶴田大)
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