朝鮮梵鐘銘 [拓本] (ちょうせんぼんしょうめい)

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『波上宮梵鐘銘(なみのうえぐう・ぼんしょう・めい)』拓本(たくほん) 解説

 この鐘は別名「朝鮮梵鐘(ちょうせん・ぼんしょう)」とも呼ばれ、鐘銘の文章の内容から956年に造られたもので、現在の韓国・慶尚南道(けいしょうなんどう)の寺にあったと知られているものです。梵鐘というのは仏教寺院に掛けられる大きな鐘のことです。琉球王国の外交文書をまとめた『歴代宝案(れきだい・ほうあん)』には、1467年に朝鮮から梵鐘がもたらされたという記事があり、この鐘がそれに当たるのではと見られています。
 戦前まで那覇の波上宮に懸けられていましたが、沖縄戦(1945年)で破壊され、現在は鐘の上部の竜頭(りゅうず)の部分のみが県立博物館に保管されています。

 この鐘が造られた高麗(こうらい)王朝は、中国の影響を受けた仏教国で多くのすぐれた仏教美術で有名です。鐘も多く造られましたが、この鐘は中でも最古の時代に属すると見られています。
 1392年には高麗王朝に変わって、儒教を国教とする李氏(りし)朝鮮王朝が成立し、朝鮮半島においては仏教が衰退します。一方、琉球では第一尚氏(だいいち・しょうし)王統の尚泰久王(しょう・たいきゅう・おう  在位1454~1460)が仏教を盛んにし、多くの寺院や梵鐘を造るようになります。この鐘はこうした東アジアの仏教・儒教文化のせめぎ合いの流れの中で、朝鮮から琉球へもたらされた鐘ということになります。

 拓本から知られる鐘銘の文章の内容は、この鐘を造ることで民衆が仏教的な平和を獲得し、国家もまた安泰であることを願う、というものです。また拓本に見られる飛天(ひてん)などの仏像の造形は見事で、明治時代には国宝に指定されていました。

 ところで拓本というと単なる転写物のように考えられがちですが、歴史的には史料として美術品として重要な役割を果たしてきました。それは一つには原本(げんぽん)である書額(しょがく)や石碑、梵鐘では見えづらい筆使いやかたちをはっきりとみることができること、もう一つには原本そのものが失われてしまうことが多かったからです。すぐれた拓本は、書や彫刻のお手本としても大切にされ、また鑑賞用に掛け軸にされたり法帖(ほうぢょう=書法のお手本を集めた本)にされたりしました。
 
 この拓本は歴史学者・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん)旧蔵のものです。寛惇の著述(※全集9, p349)によると彼は、朝鮮で採拓技法を習得した久場政用(くば・せいよう)に依頼して「旧琉球の文化遺産たる金石文(きんせきもん=木や石や金属に刻まれた文)のほとんど全部」の拓本を収集したということです。
 これらの拓本は、戦争などで破壊された石碑などの復元事業や歴史研究にとても大きな役割を果たしています。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社刊 1981年) ※項目「波上宮梵鐘」など参照。
『東恩納寛惇全集』7,9(第一書房 1981年刊) 
※第7巻に収録の「南島風土記」p.393にこの梵鐘銘について詳述あり。
『石碑復元計画調査報告書』(那覇市 2004年刊)
『刻まれた歴史 沖縄の石碑と拓本』(沖縄県立博物館 1996年刊)
『首里城正殿の鐘と墨絵「光と影の世界」』(小島瓔礼・金城美智子 著 沖縄総合図書 1991年刊)
『沖縄の文化財Ⅲ 有形文化財編』(沖縄県 1997年刊)
『書の総合事典』(柏書房 2010年刊)
ほか

(鶴田大)
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