広徳寺浦添親方塚碑 [拓本] (こうとくじうらそえうぇーかたつかひ)

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概要・解説文

『広徳寺浦添親方塚碑(こうとくじ・うらそえ・うぇーかたのつかのひ)』拓本 解説

 現在の那覇・末吉町の浦添親方景明(けいめい)の墓に立てられた碑文で、文面から1597年に「孝女子(こうじょし)」により建立されたと知られます。「孝女子」という名称は「孝行を行う女性」という一般的な意味とも考えられるので、人物を特定することは困難ですが、景明の女孫である尚元王(しょう・げん・おう)の妃(きさき)ではないかとも見られています。石碑は現在は失われて拓本のみが残されています。

 拓本から知られる碑文の文章の内容をみると、一行目のみ平仮名で書かれています。順にみていくとまづ、「くわうとくし(広徳寺)」とあります。広徳寺は本来、この浦添親方が首里の円覚寺(えんかくじ)の東に、私的に建てた寺であることが知られています。さらに続けて「うらおそいのおやかたのつかなり(浦添の親方の塚なり)」とあり、この碑文が浦添親方の墓を示すものとわかります。「塚」とは小高い丘や、遺体や宝物などを埋めた聖域を示す言葉です。ここで登場する「おやかた」という言葉は「ウェーカタ(親方)」として広く首里王府の位として使用される言葉の最も早い使用例の一つと見られています。(※「おやかた」という表記が当時、その通り「オヤカタ」と呼ばれていたのか、後世のように「ウェーカタ」と呼ばれていたかは定かではありません。)
 二行目以降は漢文で、浦添親方の冥福を祈る内容が記されています。

 ところで拓本というと単なる転写物のように考えられがちですが、歴史的には史料として美術品として重要な役割を果たしてきました。それは一つには原本(げんぽん)である書額(しょがく)や石碑、梵鐘(ぼんしょう)では見えづらい筆使いやかたちをはっきりとみることができること、もう一つには原本そのものが失われてしまうことが多かったからです。すぐれた拓本は、書や彫刻のお手本としても大切にされ、また鑑賞用に掛け軸にされたり法帖(ほうぢょう=書法のお手本を集めた本)にされたりしました。この拓本もこの時期の漢字・かな文字の書風をうかがう貴重な資料でもあります。
 
 この拓本は歴史学者・東恩納寛惇(ひがしおんな・かんじゅん)旧蔵のものです。寛惇の著述(※全集9, p349)によると彼は、朝鮮で採拓技法を習得した久場政用(くば・せいよう)に依頼して「旧琉球の文化遺産たる金石文(きんせきもん=木や石や金属に刻まれた文)のほとんど全部」の拓本を収集したということです。
 これらの拓本は、戦争などで破壊された石碑などの復元事業や歴史研究に大きな役割を果たしています。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社刊 1981年) ※項目「広徳寺」など参照。
『東恩納寛惇全集』7,9 (第一書房 1981年刊)
 ※第7巻に収録の「南島風土記」p.233に「広徳寺浦添親方塚碑」について詳述あり。
『石碑復元計画調査報告書』(那覇市 2004年刊)
『刻まれた歴史 沖縄の石碑と拓本』(沖縄県立博物館 1996年刊)
『首里城正殿の鐘と墨絵「光と影の世界」』(小島瓔禮・金城美智子 著 沖縄総合図書 1991年刊)
『沖縄の文化財Ⅲ 有形文化財編』(沖縄県 1997年刊)
『書の総合事典』(柏書房 2010年刊)
ほか

(鶴田大)
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