銅鐫琉球国全島図 (どうせんりゅうきゅうこくぜんとうず)

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概要・解説文

『銅鐫(どうせん) 琉球国全島図』 青江秀(あおえ・ひいづ)ほか・編著刊 解説

 

 この地図の作成は明治7年(1874年)7月です。地図の左下に掲載されている文章によると、青江秀(あおえ・ひいづ 1834-1890 阿波(あわ≒徳島県)藩出身の歴史家・明治政府官僚)による刊行ということがわかります。
 この地図を作成した動機として青江は、同年に自身らが刊行した『琉球藩史』読者の参考の為に作成したということを、やはり地図の左下に掲載された文章で述べています。
 青江によれば、これまで多くの琉球地図が作られたが、いづれも各島の陸地上の情報は詳しいが海路情報が粗略であったり、逆に海路情報は詳しいが陸地上の情報が乏しいという欠点があった、ということです。また琉球の歴史を知る上では徳之島以北の五島(≒奄美群島)についても地図上に掲載されるべきだが、長い間、薩摩藩の支配地域であった(1609年以降)ために琉球地図に掲載されていなかった、こうした欠点を補う目的でこの地図を作成した、と述べています。たしかにこうした点においてこの地図はとても工夫が凝らされた地図で、琉球王国が1500年代に海洋国家として統治していた最大領域が理解しやすい形で示されています。

 

 この時期、欧米の技術である銅版印刷が広く行われるようになり、この地図も従来の木版印刷にはみられない精密さによって描かれています。この時期に作成された琉球地図を代表するものとされる本図は、各島間の距離を短縮表示し、「数値」でその距離を示す工夫で1609年以前の琉球王国の最大領域を一枚の地図に収めているのです。

 

 『琉球藩史』はやはりこの地図の刊行者である青江らの刊行によるもの。地図に先立つ明治7年6月の序文(伊藤信平)があります。編著は小林居敬、青江秀、米本少蔵の共著ですが実質的には青江が中心となって編著・刊行されたとみられます。この時期『琉球藩雑記』など公的な歴史書もありますが、『琉球藩史』は青江ら個人による著述・刊行です。
 序文に続く青江による例言(れいげん)には『琉球藩史』刊行の経緯が詳しく述べられています。それによると「明治壬申(みづのえ・さる=1872年)」に琉球国が琉球藩王となり、日本(大和文化圏、明治政府)との「君臣(くんしん)の名分(めいぶん)」(=琉球が日本国の一部であること)がはっきりしたので、(今後、日本が琉球を統治する時代の必要に応じて)琉球の歴史や全体像を広く知ってもらうために『琉球藩史』を刊行することとした、とあります。江戸時代を中心に琉球に関する史書が多く刊行されたが互いに異同があるため、史実を吟味して整理した、とも記されています。
 本の内容は琉球の歴史について為朝(ためとも)伝説や天孫氏(てんそんし)王統、諸史料の「琉球」に関する記述内容の集成、歴代王の事跡(じせき)や全体的な歴史など包括的なものです。特に清和源氏(せいわ・げんじ=清和天皇の子孫)である為朝が琉球王国形成の始まりともいえる舜天(しゅんてん)王の父であるという伝説を詳しく述べ、琉球と天皇家とのつながりを強調し、琉球王国が日本国(明治政府)統治下に入るのは本来の姿であることを印象づけています。第一冊の冒頭辺にも色刷りの為朝像が描かれている点にもそのことがうかがえます。

 

 青江は、この地図に掲載できなかった各間切(村落)の戸数・人口などは付録に掲載すると述べています。近代日本の幕開けの時期、「琉球処分」(琉球王国が琉球藩となりさらに沖縄県として日本国の統治下に入る過程)の時代の気分を象徴する貴重資料です。

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社 1983年刊) ※項目「琉球藩史」「琉球処分」など
ほか

(鶴田大)

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