爬龍船之図 (はりゅうせんのず)

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概要・解説文

『爬龍船図(はりゅうせんのず)』解説


 夏の訪れを告げる伝統行事、那覇ハーリーを描いた石版画。爬龍船(=ハーリー船)競争は中国から伝わったとされる伝統行事で旧五月四日(=ユッカヌヒー)に航海安全・豊漁などを祈願して開催されます。琉球王国時代は国家行事でしたが、明治時代以降、日本の標準的制度に合わせるということで、こうした祭りも行われなくなってしまいました。一時期、地域の行事として復活するものの、昭和三年(1928)を最後に途絶えたとされます。やがて戦後から復帰(1972年)を経てようやく1975年に復活し現在に至るということです。

 

 1928年まで一時的にハーリーが復活していたということは、沖縄学の父・伊波普猷(いは・ふゆう)の『琉球古今記(ここんき)』(1926年=大正15年)からもわかります。この本の口絵に、この作品とよく似たハーリー船競争の絵が掲載されているのです。口絵の解説には「最近 泊町の住民等の熱心な運動によって復活され、毎年五月五日に、三山(さんざん)時代の国港であった泊港の沖で再び演じられるようになった。口絵の中での龍船(りゅうせん)はいづれも彩色を異(こと)にしているが青色は那覇、黄色は久米、黒色は泊である。」とあります。(※文中の「五月五日」は五月四日の誤記とみられます。)
 本土化政策が少し落ち着いて沖縄の伝統を見直そうという動きがあったとされる大正年間の一時期、那覇ハーリーは復活していたようで、この絵もそのときの記念品であったようです。
 時代的には大正デモクラシーと重なる時期に那覇ハーリーは復活して、世界恐慌(1929年)と共に途絶えたということになります。歴史に翻弄(ほんろう)される人々の姿が眼に浮かびます。
 一時的であったにしても、那覇ハーリーの復活をどれほど皆が喜んだかは、伊波の文章からも伝わりますし、当時のものとみられる同じような図柄のささやかな掛け軸(刷り物)からも伝わります。
 この石版画はハーリーの晴れやかな気分や、眼にまぶしい海のひかりを感じさせる実にすがすがしいもので、作者が誰かも気になるところですが、こうした作品には何よりも、歴史の荒波に忘れられがちな昔の人々の活き活きとした姿を想像し、その風景を記憶するよすがとして、かけがえのない価値があると思われます。

 

(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『琉球古今記』(伊波普猷 1926年)
那覇市観光協会HP ほか


(調査ノート)
・よく似た『爬龍船図』(彩色画)が伊波普猷『琉球古今記』の口絵に掲載されている。口絵の解説によると、制作者・年代は明記されていないが、明治以降廃絶されていた伝統の爬龍船競技が近年(本の刊行は大正15年=1926年)復活したとあるのでその頃の作品であろうか。また、三隻の爬龍船は、それぞれ青が那覇、黄色が久米、黒が泊と説明されている。(現在も同様。)
・伊波普猷『琉球古今記』の口絵「爬龍船図」については原本の所在が不明。
『伊波普猷文庫目録』(県ト SK029 B97)、
『伊波普猷文庫貴重書展』(琉大図書館 編)( 県トK025 R98)等も要確認。
※但し、琉大図書館のホームページ上の文庫収蔵書一覧、貴重書展解説には「爬龍船図」は掲載・記載がみえないので、おそらく文庫には収蔵されていない。)
・未装の一枚の彩色石版画。伊波普猷の『琉球古今記』口絵と合わせて、興味深い資料といえるのではないか。
・同様の図柄の掛け軸(刷り物・架蔵)も現存している。おそらくこの当時のものとみられる。
・伝統行事の復興を祝う気分が充ちているようにみえる。琉球処分により日本の一部となった沖縄が文化的に日本標準化の流れの中でようやく伝統文化を復興させようとする大正年間の時代の息吹が感じられる。おそらくこの石版画はそういう文化復興の気運の中で制作され多くの人々を励ましたであろう。

(鶴田大)

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