旧首里城正殿銅鐘銘(万国津梁の鐘) [拓本] (きゅうしゅりじょうせいでんどうしょうめい ばんこくしんりょうのかね)

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首里城正殿の鐘(万国津梁の鐘)鐘銘拓本(しょうめい・たくほん) 解説

 

 沖縄で最も有名な鐘銘(しょうめい)を写し取った拓本です。「万国津梁(ばんこくしんりょう)」というのはこの鐘の銘文(めいぶん)に出てくる言葉で、海洋国家である琉球王国は万国(アジア諸国)の橋渡し役だと誇らしく宣言しているのです。この言葉は2000年の沖縄サミット(国際会議)の会場の名称にも使用されました。仏教を国の政治理念に据えようとした尚泰久王(しょうたいきゅうおう)が1458年に首里城正殿の前に設置するために作った鐘で、同じ時期に作られた約24点の琉球最古の鐘の一つです。この鐘は県立博物館に現存していますが、一般に鐘や石碑などは現物が失われて拓本のみが現存しているケースが多く、拓本は世界的に貴重な歴史文化財といえます。東恩納寛惇文庫に収集されている琉球・沖縄の拓本の中には現物が戦災などで失われたものが数多くあります。

 
(鶴田大)

参考文献・調査ノート

(参考文献)
『金石文 歴史資料調査報告書Ⅴ』(沖縄県教育委員会 1985年刊)
『沖縄県の文化財Ⅲ 有形文化財編』(沖縄県教育委員会 1997年)ほか

(調査ノート)
・通称「万国津梁の鐘」として琉球沖縄で最も有名な梵鐘。銘文中にある「万国津梁」は、海洋国家として繁栄した、いわゆる「古琉球」時代(1609年の薩摩侵略以前)の琉球王国を象徴することばとして最もよく引用される。
・「琉球国由来記」等に記載のある梵鐘の一つで、尚泰久王代の1456-1459年に鋳造された24口の鐘の一つとして知られる。
・梵鐘銘から鐘の鋳造は藤原国善(大和文化圏の職人)によるもの、「万国津梁」の銘文は当時、来琉した禅僧である芥隠(かいいん)が作ったことが銘文から分かる。
・2000年沖縄サミット(第26回主要国首脳会議)の会場の名称にも使われた。
・仏教に帰依して多くの寺院を建立したことで知られる第一尚氏王統第6代の尚泰久王の命で1458年(長禄2年)につくられたことが銘文から判明している。この時期、尚泰久王は多くの寺院とともに多くの鐘を鋳造しており、寺院のほとんどは失われたが、鐘やその銘文は多くが現存しており、琉球最古の梵鐘として一群を為している。
・こうした琉球王府時代の金石文(きんせきぶん)の拓本(たくほん)について所蔵者であった東恩納寛惇は以下のような内容を「金石拓本」という随筆(全集9、P349「88 金石拓本」)に記している。①家蔵の拓本は旧琉球の文化遺産である金石文を殆ど全部網羅している。②それらは久場政用(くばせいよう)氏の採拓(さいたく)である。③久場氏は朝鮮で採拓の技術を習得した。③戦災(1945年)でほとんどの金石文の原本(実物)が失われたので、拓本類は今やかけがえのない文化財となっている。
 
(鶴田大)

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那覇市首里当蔵町・首里城公園

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